合戦一覧
公開しているのは、出典の確認を終えた合戦だけです。各ページで布陣図・兵力・時系列・出典を確認できます。
桶狭間の戦い
永禄3年5月19日/愛知県名古屋市緑区桶狭間から豊明市栄町にかけて(尾張国愛知郡・知多郡)
永禄3年5月19日、愛知県名古屋市緑区桶狭間から豊明市栄町にかけて(尾張国愛知郡・知多郡)。明治32年(1899)に旧陸軍参謀本部が編纂した『日本戦史桶狭間役』の記述に基づく理解。義元の本陣を桶狭間の北の田楽狭間に置き、信長が善照寺砦から中島砦へ移ったのち、二千ばかりを率いてひそかに迂路をとって丘陵に隠れ、正午前後の暴風雨がやんだ午後2時ごろに太子ヶ根を下って本陣を衝いた、という経過を示す。現在も流布する迂回奇襲の理解は、この記述に負うところが大きいとされる。
関ヶ原の戦い
慶長5年9月15日/岐阜県不破郡関ケ原町(美濃国不破郡 関ヶ原)
慶長5年9月15日、岐阜県不破郡関ケ原町(美濃国不破郡 関ヶ原)。明治26年(1893)に旧陸軍参謀本部が編纂した『日本戦史 関原役』の記述と附図に基づく理解。石田三成を笹尾、宇喜多秀家を天満山前、小早川秀秋を松尾山、毛利秀元を南宮山に置き、午前8時頃の開戦、正午近くの小早川秀秋の寝返り、午後2時半の追撃中止という時系列を示す。現在流布している関ヶ原の布陣図の多くはこの附図を踏襲したものとされる。